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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)849号 判決

原告

山本昌右

被告

原鶴亀

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金七六七万六五四〇円及びこれに対する平成八年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金三九四〇万九〇九七円及びこれに対する平成八年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件交通事故

日時 平成八年三月七日午後四時四五分頃

場所 岡山県倉敷市児島下の町一丁目七番四三号先市道上

被告車両 大型乗用自動車

右所有者 被告下津井電鉄株式会社(以下「被告会社」という)

右運転者 被告原鶴亀(以下「被告原」という)

被害者 原告

態様 被告原が運転する被告車両が車道を歩行していた原告と衝突した。

2  原告は、本件交通事故により、頸椎捻挫、頸部脊髄症(外傷後性)、頭部打撲、腰臀部打撲、左肘・右手関節打撲・擦過創、左膝打撲の傷害を負い、左記のとおり通院治療を受けた。

(一) 倉敷市立児島市民病院

平成八年三月七日から平成九年一〇月三一日まで(実日数三二七日)

(二) 琴浦治療院

平成八年四月一一日から平成八年八月七日まで(実日数四八日)

(三) 森本鍼治療院

平成八年六月二一日から平成九年一〇月三一日まで(実日数二二三日)

3  原告には、頸部受傷後の神経症状の後遺障害が残存し、自動車保険料率算定会により、七級四号の後遺障害等級事前認定がされた。

4  被告原は、前方安全確認義務違反の過失があるから、民法七〇九条の責任を負う。被告会社は、被告車両の所有者として自賠法三条の責任を負い、被告原を雇用する者として民法七一五条の責任を負う。

5  損害の填補 一二八七万六〇七〇円

二  争点

1  原告の損害(請求原因)

(一) 原告の主張

原告は、本件交通事故により前記争いのない事実記載のとおり傷害を負い、治療を受けたが、後遺障害等級事前認定のとおり頸部受傷による神経症状の後遺障害が残存し、平成九年一〇月三一日に症状が固定し、これにより以下の損害を被った。

(1) 治療費 二三六万六〇七〇円(治療費一〇五万〇七五〇円、鍼灸等費用一三一万六三二〇円の合計)

(2) 休業損害 九三八万五三三二円

原告は、平成七年頃から縫製染色の自営業をしており、平成七年の税務申告上の所得は三二万八〇三〇円であるが、平成八年には事業開始以来の営業活動の効果が現れ、本件交通事故後休業していたのに税務申告上の所得は三一〇万六四一七円に増加し、平成九年の所得はマイナスとなった。以上によれば、少なくとも賃金センサス産業計男子労働者学歴計の全年齢平均年収五六七万一六〇〇円を基礎として、治療期間の六〇四日間全部につき休業損害が生じたものというべきであり、休業損害は左記計算式のとおりに算定される。

計算式 五六七万一六〇〇÷三六五×六〇四=九三八万五三三二(円)

(3) 逸失利益 二五二三万三七六五円

前記後遺障害の程度及び事前認定の等級に鑑みれば原告の労働能力喪失率は五六パーセントと考えられ、症状固定時の原告の年齢は満六二歳であるから平均余命の半分である一〇年に対応する新ホフマン係数七・九四四九を乗じて中間利息を控除すると、逸失利益は左記計算式のとおりに算定される。

計算式 五六七万一六〇〇×〇・五六×七・九四四九=二五二三万三七六五(円)

(4) 通院慰藉料 二〇〇万円

(5) 後遺症慰藉料 九三〇万円

(6) 弁護士費用 四〇〇万円

(二) 被告らの認否反論

(1) 治療費の金額は認め、本件交通事故との因果関係は争う。

(2) 休業損害は争う。賃金センサスを用いるとしても、平成八年の六〇歳から六四歳のものを採用し、かつ、原告の平成八年の現実の収入三一〇万六四一七円を控除すべきである。

(3) 逸失利益は争う。原告の職業からみて労働能力喪失率五六パーセントは過大である。

2  過失相殺(抗弁)

(一) 被告らの主張

本件交通事故は、被告車両が時速約一〇キロメートルで定期バスの往来する幹線道路を走行中、成人である原告が道路反対側に停車していた大型トラックの陰から突然飛び出し、被告車両と軽く接触したものであり、少なくとも三〇パーセントの過失相殺がされるべきである。

(二) 原告の認否反論

過失相殺の主張は争う。事故現場には作業中の大型トラックが停車していたため、原告は歩道を通ることができず、車道を歩行せざるを得なかった。一方、被告原には、乗客と雑談しながら脇見運転しつつ、時速三、四十キロメートルで被告車両を走行させたという重大な過失がある。

3  寄与度(抗弁)

(一) 原告には頸椎後縦靭帯骨化症の既往症があるから、本件交通事故と原告の現在の後遺症との間には一定限度で因果関係があるに過ぎず、原告の被った損害から四〇パーセントを減額すべきである。

(二) 原告の認否反論

頸椎後縦靭帯骨化症は、医学上未だ原因不明とされているものである上、原告の身体的素因の影響は特に症状固定後に現われているから、症状固定時においては身体的素因の影響を過大視すべきではなく、寄与度減額の主張は争う。

第三争点に対する判断

一  損害

甲第七号証、第八号証及び乙第一四号証によれば、原告は、事故後、主として理学療法を中心とした治療を受け続けたが、頸部受傷による神経症状の後遺障害が残存し、平成九年一〇月三一日に症状が固定したことが認められる。

1  治療費 二三六万六〇七〇円

原告が、本件交通事故によって負った傷害の治療のため、治療費として一〇五万〇七五〇円、鍼灸等費用として一三一万六三二〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

2  休業損害 五一三万四五三一円

甲第九号証ないし第一二号証、第一五号証、第一六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、大学卒業後、父の経営する染工場で約三五年勤務し、平成七年に独立して生地開発及び紡績会社との提携による製造販売の自営を始めたが、本件交通事故の日の翌日から症状固定日までの六〇四日間は就労が著しく困難になり、作業能率が低下したこと、原告の右自営業に基づく税務申告上の営業収入は、平成七年が三二万八〇三〇円、平成八年が三一〇万六四一七円、平成九年がマイナス七〇万七〇三三円、平成一〇年がマイナス一三万六二五七円だったことが認められる。

そうすると、平成八年には三月七日まで計算上六六日しか正常な就労ができなかったにもかかわらず三一〇万六四一七円の収入があったことからすれば、原告は、事故後、少なくとも平成八年賃金センサス男子学歴計産業計六〇歳から六四歳までの年間平均賃金に相当する収入を得られた蓋然性があったと認められ、他方、原告本人尋問の結果によれば、原告は妻とともに事故後も営業を続けていたことが認められることからすれば、平成八年の税務申告上の収入三一〇万六四一七円は、原告が本件交通事故に遭うまでの六六日間の営業収入だけではないと考えられるから、結局のところ、本件交通事故時である平成八年賃金センサス男子学歴計産業計六〇歳から六四歳までの年間平均賃金である四六四万〇六〇〇円を基礎として日割計算により六〇四日分の収入を算出し、平成八年の現実の収入三一〇万六四一七円について日割計算により平成八年三月八日から同年一二月三一日までの収入を控除した額をもって休業損害と解すべきである。

以上によれば、原告の休業損害は、左記計算式のとおりに算定される。

計算式 四六四万〇六〇〇円÷三六五×六〇四-三一〇万六四一七÷三六五×(三六五-六六)=五一三万四五三一(円)

3  逸失利益 一四八六万五一三一円

甲第七号証、第八号証、第一五号証、乙第一四号証、第一五号証によれば、原告は、前記後遺障害の影響により、症状固定時の年齢満六二歳から平成九年簡易生命表による平均余命の二分の一にあたる九年間にわたり五六パーセントの減収が見込まれることが認められ、前記基礎年収四六四万〇六〇〇円に七級四号に該当する労働能力喪失率五六パーセントと、一一年のライプニッツ係数八・三〇六四から二年のライプニッツ係数一・八五九四を控除した六・四四七〇をそれぞれ乗じると、逸失利益現価は左記計算式のとおりに算定される。

計算式 四六四万〇六〇〇×〇・五六×六・四四七〇=一六七五万四〇五〇(円)

これに対し、被告らは、原告の職業からみて労働能力喪失率は五六パーセントは高率に過ぎ、原告の既往症に鑑みれば就労可能期間は症状固定時の年齢満六二歳から満六七歳までの五年間が妥当であると主張する。しかし、甲第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は自営業者として営業活動を行い、相当程度身体を動かしていたことが認められ、後遺障害の内容が前記のとおり身体活動に制限を及ぼす性質のものであることからすれば、七級四号に該当する労働能力喪失率五六パーセントよりも労働能力喪失率が低いと推認すべき事情があるとはいえない。また、原告の既往症である頸部後縦靭帯骨化症については、後記認定のとおり、原告はとりたてて自覚症状なく日常生活を過ごしてきたものであるから、就労期間を制限すべき事情にはあたらない。

4  通院慰藉料 一七〇万円

原告の通院期間、受傷内容等に鑑みれば、通院慰藉料は頭書金額をもって相当と認める。

5  後遺症慰藉料 九三〇万円

原告の後遺症の程度等に鑑みれば、後遺症慰藉料は頭書金額をもって相当と認める。

二  過失相殺

1  甲第一号証、第二号証、第一三号証、第一四号証の1ないし10、第一五号証、第一七号証、第一八号証の1ないし5、乙第一号証、第二号証、第一三号証並びに原告及び被告原各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、非市街地の中を東西に伸びる制限時速三〇キロメートルの中央線のない平坦な市道であり、道幅は四メートルであるが、両側に各〇・七メートルの路側帯と、北側に幅〇・六メートルの有蓋溝があるため、通行可能な幅員は計六・〇メートルである。

(二) 被告車両は長さ八九九センチメートル、幅二三二センチメートル、高さ三〇八センチメートルの定期運行バスであり、事故時は事故現場の市道を東方に直進中だった。

(三) 事故現場の市道南側には、長さ六八八センチメートル、幅二一八センチメートル、高さ二九三センチメートルのダンプカー(普通貨物自動車)が作業のため前部を東方に向けて停車中であり(以下「停車車両」という)、同自動車の前部が一・〇メートル、後部が〇・九メートル道路部分にはみ出していた。

(四) 被告車両は、停車車両とすれ違うために、左側(北側)の路側帯に車体を〇・三メートルはみ出しつつ時速約一〇キロメートルで直進した。被告原は、被告車両前端が停車車両の中央部付近に差し掛かったあたりで四・九メートル前方に駐車車両前部の死角から原告が出てきたことに気付き、ブレーキをかけたが間に合わず、被告車両左前端が原告と衝突し、原告を転倒させた後、更に二・五メートル前進して停止した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。これに対し、原告は、被告車両が時速四、五十キロメートルで走行し、被告原が脇見運転をしていたものと供述するが、そのような状態で走行していれば、被告車両の停止位置が衝突場所よりも相当東方であったとか、原告が衝突によって相当東方に跳ね飛ばされていた等、本件交通事故において発生した結果と異なる結果が発生した蓋然性が高いから、右供述部分を採用することはできない。

2  以上の認定事実によれば、被告原は、被告車両を運転中に、前方右側に停車車両があり、死角が生じるとともに、当該部分を進行する際の被告車両と停車車両との間隔が極めて狭くなること(計算上は一・〇八メートルとなる)を認識していたのであるから、停車車両の陰から歩行者等が現われる可能性があることを常に意識しつつ、進路上に歩行者等の存在を発見した場合には直ちに停止して衝突を防止しうる程度に減速し、ブレーキ操作の準備をすべき義務があったというべきところ、漫然と時速約一〇キロメートルで走行し、原告の存在に気付いてからのブレーキ操作が遅れたため、本件交通事故が発生したものであるから、被告原に大きな過失があるというべきである。なお、この点につき、被告原は、原告が突然被告車両の前方に飛び出してきたと供述するが、右認定のとおり、被告車両が時速約一〇キロメートルの低速で走行していたところ、被告原が原告を発見した時点で被告車両の前端と原告との間の距離が四・九メートル離れていたことからすれば、原告が著しく危険な態様で飛び出しをしたとまではいい難い。また、被告原は、バスの乗客の安全のため急ブレーキをかけることはできなかったと供述するが、そうであれば一層のこと本件事故現場のような死角の生じている場所においてはいつでも安全に停止できる程度に速度を落とすべきであるから、被告原の右供述を前提としても、被告原の注意義務の程度を軽減する事由はないというべきである。

一方、原告にも、道路交通法一〇条二項により車道の通行が許されていたとはいえ、停車車両の陰から車道に出て西方に歩行しようとしていたのであるから、自己が西方から東進中の車両から見て死角に位置していることは容易に認識しうる状態にあったのであり、自動車の走行音に注意するなどして、相当の注意を払えば自己の安全を守ることができたはずであるから、双方の過失を比較して、過失割合は原告一五パーセント、被告ら八五パーセントとするのが相当と認める。

三  寄与度

1  甲第一五号証、乙第二号証、第一四号証、第一六号証、証人三宅孝弘の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、本件交通事故に遭った平成八年三月七日から倉敷市立児島市民病院への通院治療を続け、頸部・項部の痛み、両手の痺れ、右手関節の痛み、左肘の痛み、右腰臀部の痛みの自覚症状があったため、レントゲン撮影とMRI検査を受けたところ、分節型の頸椎後縦靭帯骨化症及び脊柱管狭窄症が認められ、明瞭な大きな骨折は認められなかった。原告の担当医は、原告の頸椎後靭帯骨化症は本件交通事故が原因で発生したものではなく、原告が平成元年頃受傷した頸部外傷に基づくものでもないが、本件交通事故以前から罹患していたものであるとの意見を述べている。原告は、事故前は右既往症に基づく自覚症状はなく、普通に就労していたほか、しばしばゴルフをし、日常生活上何ら支障はなかった。

(二) 担当医は、右診断後、自宅安静療養、頸椎カラーと腰部コルセットの使用、抗炎症剤の投薬による治療をし、平成八年四月二日から理学療法を施し、同年六月五日には頸椎後縦靭帯骨化症の根治のため原告に手術を勧めたが、原告が手術を希望しなかったため、更に理学療法が続けられた。しかし、症状固定後も握力の低下がみられるなど、頸椎後縦靭帯骨化症はなお悪化傾向が続いている。

(三) 頸椎後縦靭帯骨化症は、脊椎椎体後面を連結し、脊柱管の前壁を形成する後縦靭帯が骨化することにより、脊柱管狭窄を来たし、慢性圧迫性神経障害としての脊髄症状や神経根症状を生じるものであり、その発生原因は必ずしも明らかでなく、進行すれば四肢麻痺に至ることもある。頸椎後縦靭帯骨化症は、日常生活上症状がみられなくても、身体に軽微な外力が加えられたことを契機に症状が顕在化することがある。

2  以上によれば、原告の既往症のうち頸椎後縦靭帯骨化症は、本件交通事故によって発生したものではなく、以前から潜在していた疾患が本件交通事故による外力が加えられたことを契機に顕在化したものであり、前記認定のとおり被告車両が時速一〇キロメートルで原告に衝突したという比較的軽微な態様であったにもかかわらず、治療期間が長期にわたった上、後遺障害の程度も相当重いこと、レントゲン線及びMRI検査による他覚的所見があることからすれば、原告の事故後の症状は本件交通事故の影響だけではなく既往症の頸椎後縦靭帯骨化症が影響しているものと認められる。

これに対し、原告は、既往症の影響は専ら症状固定後に顕在化している旨反論するが、事故直後の検査において既に明確な他覚的所見がみられる以上、当然に症状固定前に既往症の影響が顕在化していないと評価することはできず、原告の主張を採用することはできない。

したがって、民法七二二条二項を類推適用し、原告の既往症の性質、内容及び程度に加えて本件交通事故の態様から推測される通常の後遺障害の程度を斟酌し、原告の既往症の後遺障害に対する寄与度は三〇パーセントをもって相当と認める。

四  損害の填補

原告の被った損害から一二八七万六〇七〇円が填補されるべきことは当事者間に争いがない。

五  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であり、事案の内容及び右認定にかかる損害額等によれば、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用は七〇万円をもって相当と認める。

六  よって、原告の請求は、被告らに対し、各自七六七万六五四〇円及びこれに対する本件交通事故の日の後である平成八年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 酒井良介)

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